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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和29年(わ)460号 判決 1958年5月09日

被告人

吉川こと 満本斉

主文

被告人を罰金三千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人室タツヱ、証人福丸金次郎及び証人倉掛茂平に支給した分は被告人の負担とする。

貸金業等の取締に関する法律違反及び器物損壊の各公訴事実につき被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和二十九年二月七日頃佐世保市御船町百三十番地室タツヱ方において、同人に対し顔面を数回殴打して暴行を加えた

第二、同年二月末日頃前同所において室タツヱに対し、同人の顔面を数回殴打して暴行を加えた

第三、同年六月十七日頃長崎県東彼杵郡宮村南風崎駅前附近の道路上において福丸金次郎に対し、同人の胸元を掴え、手拳を振り上げる等して、同人の身体に危害を加えるような気勢を示して脅迫した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすに、被告人の所為中判示第一、第二の各暴行の点は刑法第二百八条罰金等臨時措置法第二条第三条に、判示第三の脅迫の点は刑法第二百二十二条罰金等臨時措置法第二条第三条に各該当するが、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるので所定刑を選択したうえ、同法第四十八条第二項に依り合算した金額の範囲内において被告人を罰金三千円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法第十八条第一項に依り金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用中証人室タツヱ(昭和三十年四月二十七日及び昭和三十三年二月十四日支給分)証人福丸金次郎(昭和三十年三月二十二日支給分)及び同倉掛茂平(昭和三十一年四月十八日支給)に支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項に依り被告人の負担すべきものとする。

(無罪部分の判断)

本件起訴状記載の公訴事実中貸金業等の取締に関する法律違反及び器物損壊の点に関する公訴事実は「被告人は,第三、法定の除外事由なくして別表記載のとおり同年(昭和二十九年)二月五日頃より同年五月四日頃迄の間肩書自宅等において、前後七回に亘り福丸金次郎に対し合計百二十八万円を利息月七分乃至一割の約定で貸付け以て貸金業を営み、第五、同年八月中旬頃同市(佐世保市)万徳町三十二番地福丸金次郎の製材工場事務所前空地において同人所有の木材購入関係書類、生命保険証書、借用金利子支払領収書類その他信書等を擅に情を知らない藤田岩吉をして焼却させて毀棄したものである。」というにある。

先ず貸金業等の取締に関する法律違反の点から考察するに、

(一)  別表第一の事実について

第三回公判調書中証人福丸金次郎の供述記載中、同人において、被告人より昭和二十九年二月五日に金八万円を利息月一割の定めで借り受けた旨の供述部分は、一見右第一の事実の存在を肯認せしめ得るものの如くであるが、然し、その供述内容は極めて抽象的に過ぎ、如何なる機会に如何なる方法で貸借が行われたか、等具体的事実については何等明らかにするところがないばかりでなく、而も右供述記載の他の部分である、福丸金次郎が力武仁治の紹介で同月十一日頃被告人を訪ねて金百二十万円の借用の申込をした旨の供述部分に依れば福丸金次郎は同日始めて被告人と貸借上の交渉を持つに至つたことが窺われるので、此の点と比照してたやすく措信し難く、他に右第一の事実を肯認せしめるに足る証拠は無い。

(二)  別表第三の事実について

押収にかゝる不動産等売買契約公正証書一通(証第一号)、吉川アサヲ利息計算表一通(証第二号)、吉川アサヲ返済明細書一通(証第三号)、額面八十万円の約束手形一通(証第九号)に、第三回公判調書中証人福丸金次郎の、第九回公判調書中証人柳下俊章の、第十回公判調書中証人吉川アサヲの、第十七回公判調書中証人吉岡栄一及び証人倉掛茂平の、第十九回公判調書中証人力武仁治の各供述記載、証人倉掛茂平(第二十七回公判)並びに証人福丸金次郎(第二十六回公判)の当公判廷における各供述及び当裁判所のなした証人柳下俊章に対する尋問調書の記載を綜合すると、被告人は昭和二十九年二月十一日頃力武仁治の紹介で被告人を訪ねて来た福丸金次郎から百二十万円の事業資金の融通の申込みを受けて、一旦これを拒絶したが、福丸金次郎が木工場の土地建物を担保にして他からでも借り受けて貰い度い旨重ねて懇請するので、被告人はこれに動かされて已むなく福丸金次郎を同伴して被告人の内妻吉川アサヲ名義に依る取引銀行たる佐世保市今福町所在親和銀行西支店に赴き、同支店の貸付係柳下俊章に対し福丸金次郎への百二十万円の貸付の依頼をしたが、柳下から福丸金次郎とは取引が無いので貸付は出来ないが、吉川アサヲに対してならば貸出が出来るから、福丸金次郎が担保に供しようとする不動産を吉川アサヲが買い取るための資金として融資を求めれば、貸付をなし得る可能性がある旨示唆を受けたので、これに従つて被告人は福丸金次郎と相談のうえ、買主を吉川アサヲとして福丸金次郎の内妻南郷マツ及び実弟福丸虎雄の所有名義となつている同市万徳町所在の木工場の建物、敷地及び施設等を金三百二十万円で買取ることにして、右各不動産及び施設全部、吉川アサヲ名義の定期預金五十万円及び積立貯金百五十万円を共同担保として前記銀行に提供し、同月十三日右銀行より吉川アサヲ名義で金八十万円を借り受け、同時に右八十万円を福丸金次郎名義で同銀行に当座預金口座を設けてこれに振込み、右八十万円につき福丸金次郎が被告人に対し、毎月五分の利息を支払い、元金の弁済期限を同年七月末日と定める旨の約定の取り結ばれた事実を認めるに足る。右認定の事実を基礎にして実質的に被告人と福丸金次郎との間に金八十万円の金銭貸借関係が成立していると認めても、被告人には当初から福丸金次郎と金銭貸借関係を結ぶ意思は無かつたのであり、銀行との交渉も初めの間は福丸金次郎に対する金融の途を開くために、銀行に斡旋する意思を有していたに過ぎなかつたことに留意すべきである。

(三)  別表第二の事実について

第三回公判調書中証人福丸金次郎の、第十回公判調書中証人吉川アサヲの各供述記載、裁判官のなした証人早野義喜の尋問調書の記載、証人福丸金次郎の当公廷における供述を綜合すると、前記の如く親和銀行西支店より八十万円の貸付を受けたが、福丸金次郎は必要金額に満たなかつたので、同日更に被告人に対し金策の相談をしたので、被告人は福丸金次郎を伴つて被告人の妹の嫁ぎ先である同市稲荷町早野義喜方に赴き、福丸金次郎を被告人の妹に引き合わせて同人に対し福丸金次郎において六万円を必要としているが同人が支払わないときは被告人が支払うから貸してやつてくれと依頼して、右妹をして親和銀行南支店より預金六万円を払い出させて、これを被告人を通じて福丸金次郎に貸与させた事実を認めるに足る。

(四)  別表第四の事実について

押収にかゝる額面二十万円の約束手形一通(証第十号)第十六回公判調書中被告人の供述記載、第三回公判調書中証人福丸金次郎の供述記載を綜合すると、被告人は同年三月二十日金二十万円を利息月七分の約で福丸金次郎に貸し与えた事実を認めることができる。

(五)  別表第五の事実について

押収にかかる額面八万円の約束手形一通(証第十一号)吉川アサヲ利息計算表(証第二号)、吉川アサヲ返済明細書(証第三号)、第十六回公判調書中被告人の供述記載、第三回公判調書中証人福丸金次郎の供述記載を綜合すると、被告人は同月二十七日自宅において、福丸金次郎に対し金八万円を貸与した事実を認めることができる。

(六)  別表第六、第七の事実について

押収にかゝる額面六万三千円の約束手形一通(証第十二号)、第十七回公判調書中証人吉岡栄一の、第十九回公判調書中証人力武仁治の各供述記載、証人福丸金次郎及び証人倉掛茂平の当公廷における各供述を綜合すると福丸金次郎は、被告人の保証のもとに倉掛茂平から同年四月二十八日及び同年五月四日に二回に亘つて各金三万円宛計六万円を借り受けたが、福丸金次郎がその支払をしなかつたので、被告人が前記八十万円等の債権の弁済に当てるため、前記木工場を力武仁治に売却した折、右力武仁治が被告人に支払うべき代金の中から被告人に代つて倉掛茂平に対し福丸金次郎の右各三万円の債務の弁済をなし、被告人は右弁済に依つて債権者倉掛茂平に代位して債務者福丸金次郎に対する右債権を行使し得る地位を有するに至つた事実を認め得るに止まる。

以上認定の如く、被告人が福丸金次郎に対し金銭を貸与したのは、同年二月十三日に金八十万円、同年三月二十日に金二十万円、同月二十七日に金八万円の三回であるが、問題は、右貸金が果して業として営まれたか否かの点にあるので、此の点に検討の歩を進めると、第十九回公判調書中証人力武仁治の、第二十二回公判調書中証人浦儀作の各供述記載、浦儀作の検察官に対する供述調書の記載、法務事務官作成の昭和三十一年六月十九日附登記簿謄本の記載を綜合すると、被告人は内妻吉川アサヲの名義を以て昭和二十八年十二月中旬頃浦儀作に対し家屋を担保に金二十万円を利息月一分、弁済期昭和二十九年一月末日の約で貸与した事実を認めることができ、第十二回公判調書中証人矢野新の供述記載に依れば、被告人は昭和二十八年十二月二十五日頃同業者(輪タク業)仲間の矢野新から請われるまゝ、同人が管理している建築資金の不足に同情して金十五万円を利息の定めなく期限を昭和二十九年二月末日として貸与した事実を肯認することができ、更に第十四回公判調書中証人佐々野長市の供述記載、法務事務官作成の昭和三十年十月三日附登記簿謄本及び佐世保市今福町百二十九番地宅地五十一坪の登記簿謄本の各記載、公証人松尾定次作成第一八四八四号不動産賃貸借契約公正証書の謄本及び同公証人作成第一八四八四号不動産売買契約公正証書の謄本の各記載を綜合すると、被告人は昭和二十九年十月十五日に佐々野長市に対し金二十万円を利息月一割の約で、更に昭和三十年二月十六日同人に対し不動産を売渡担保として金十五万円を、期限は同年八月十五日として、期限には右二十万円及び十五万円の外に金十二万円を加算した金四十七万円を支払うべき約を以て貸与した事実を認めることができる。然るに被告人が矢野新に金十五万円を貸与した行為は、同人の窮状に同情して同業者の情誼から貸与したもので、他の貸借関係とは大いに類例を異にするとろであり、浦儀作及び佐々野長市に貸与した行為も二年五ケ月間の長期間に僅かに三回の貸借を行つたに過ぎないものであつて、これ等の事実を捕えて被告人に貸金を業として営む意思を有していたものと肯認することは勿論、客観的に反覆累行性を肯認することも聊か躊躇せざるを得ない。而も本件起訴の対象となつている福丸金次郎に対する貸金について右の如き浦儀作並びに佐々野長市に対する貸金の行われた事実を考慮に入れて考察してもなお且つ、被告人が八十万円を貸与した行為は、当初から福丸の申出を断わつていたが同人の懇請に動かされて、同人に対する銀行の貸付の途を開くべく斡旋に乗り出したのが遂に貸金に迄発展したものであつて、自己が貸主たる地位において貸金を業として営む者の行う貸金行為とは到底認め難く、更に福丸に対し二十万円、八万円と貸与した行為も右八十万円の貸借に続く一連の流れと目すべき貸借関係であつて、これ等の行為に貸金を業として営む意思の存在を肯定するには適切を欠くと言わねばならない。

以上これを要するに前記認定の福丸金次郎に対する貸金の各行為は、業として営まれた事実を肯定すべき理由に乏しい。

次に、器物損壊の公訴事実について考察するに

第三回公判調書中証人福丸金次郎の供述記載に依れば、昭和二十九年八月頃被告人が藤田岩吉に命じて売買契約書等その他の契約書並びに請求書等を焼かせた旨の供述は、極めて抽象的であつて、右に言う売買契約書その他の契約書は多分に権利義務に関する文書を指称するものの如くであるにも拘らず何人と何人間の如何なる事物に関する売買並びにその他の契約なりやその内容は一切不分明であり、(これ等の諸点が明確にされる限り訴因の変更を必要とすることは論を俟たない)、請求書その他の文書についてもその内容並びに文書の特定については一切不分明であつて何等の具体性がなく、藤田岩吉の検察官に対する供述調書の記載に依つても、同年七月十一日頃より同月二十六日頃迄の間に被告人より命ぜられて多数の書類を焼き捨てたと言うに止まり、その文書の内容は一切不明であり、その他第十七回公判調書中証人倉掛茂平の供述記載に依るも具体的事実は一切不明である。以上に依り右貸金業等の取締に関する法律違反及び器物損壊の各公訴事実は、いずれもこれを認めるに足る犯罪の証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の裁判を言い渡すべきものとする。

仍て主文のように判決する。

(裁判官 弥富春吉 真庭春夫 重富純和)

別表

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